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住まい手インタビュー

新築

「渦」がつくり出す、“心地よい距離感”のある家

鶴見の家


活気ある市街地と緑豊かな住宅街が共存する横浜市鶴見区で、泰子さんの実家を二世帯が暮らせるように建て直した横田大・熊倉泰子さんご夫妻。「これまで古谷野工務店が手がけてきた住まいとはひと味違う家」をリクエストしたお二人が、新しい暮らしに込めた想いとは?

PROFILE

横田大(よこた・まさる)
熊倉泰子(くまくら・やすこ)

大さんは、2017年にクリエイティブカンパニーCamp Inc.を設立し、編集者・クリエイティブディレクターとしてWebメディアの立ち上げや編集、Webサイトを中心とした広告制作に携わる。リラクゼーションセラピストとしての一面も持つ泰子さんは、現在はCamp Inc.の経理・総務を担当している。

古谷野裕一(こやの・ゆういち)

古谷野工務店・建築家

中央工学校卒業後、建築家小川広次に師事し、大手設計事務所での勤務を経てフリーに。現在は「古谷野工務店」の経営者であるとともに、母校である中央工学校で講師を務める。『第35回住まいのリフォームコンクール優秀賞』『LIXILメンバーズコンテスト2016大賞受賞』など受賞多数。

“御用聞き”にはならない
対話の向こうに「最適解」を見つける

横田大さん(写真左)と熊倉泰子さん(写真右)

―はじめに、古谷野工務店に依頼することを決めたきっかけを教えてください。

横田大(以下、大):家を建て替えるとなったとき、最初は知り合いの設計士の方にお願いするつもりだったんですが、タイミングや諸条件がなかなか合わず結局実現できなかったんです。それでどこに設計をお願いするか悩んでいるときに、古谷野工務店のWebサイトをつくっている友人の平藤篤さんから、以前古谷野工務店について教えてもらったことを思い出して。あらためてWebサイトで過去の事例や考え方を見ているうちに「古谷野さんなら一緒に良いものをつくってくれそうだな」と感じ、問い合わせてみたんです。

古谷野裕一(以下、古谷野):ご連絡をいただいてからすぐにお会いすることになって、実際に私たちが手がけた住宅を見に来ていただきました。

熊倉泰子(以下、泰子):それまでもほかの工務店さんを調べたり、モデルルームに行ったりもしてたんですけど、二人ともいいと思えるところがなかったんです。古谷野さんは最初からすごく丁寧にお話を聞いてくれて、建設中だった建物を案内してもらううちに、すぐに信頼できる方だなと感じました。

―最初に会ったとき、お互いにどんな印象を覚えましたか。

泰子:よく覚えているのは、はじめてお話したときにはっきりと「私は御用聞きにはなりません」と言ってくれたことです。

写真、古谷野裕一。

古谷野:いきなりそんなことを言われたらびっくりしますよね(笑)。でも工務店の中にはもらった要望をそのまま設計に入れ込むだけの「御用聞き」のような会社もありますからね……。それでいうと、私も横田さんに最初に言われた言葉をよく覚えていますよ。「どんどん強い球を投げてください」って。

大:たしかに、言いましたね。僕が思う「いいお客さん」は、任せるべきところは任せつつ、必要なところで意見をぶつけ合える人だと思っていて。古谷野さんの仕事への姿勢を知って、なおさらお互い正直にぶつかり合えたほうが良いと思ったんですよね。

古谷野:本当に、かなり任せてくれましたよね。でも要点はしっかり伝えてくれるし、許せないことはちゃんと言ってくれるので、私も直感的に「この人とはいい家がつくれそうだな」と思えました。

工務店と施主で目指した
「これまでとすこし違う家」

―趣味や好みはどのようにチューニングしていったのでしょうか。

大:趣味やデザインの好みについては、じっくりヒアリングいただいたほかに、3人でプロダクトや建物の写真などイメージを共有し合いました。僕はインダストリアルな雰囲気のあるプロダクトが好きなので、公共空間などで使われる建材や古い建具の素材感を伝えました。なんというか整理されすぎてない、すこしごちゃっとした家がつくりたくて。

古谷野:そのとき一緒に言われたのは「古谷野さんのつくった家が並んだときに、うちの建物がちょっと違うものになるといいな」というご要望。たしかに、お二人と話していると、僕がこれまでつくってきた家とはおそらく素材の選定やデザインが整いすぎている点がマッチしてないと感じました。というのも、お二人が持っている雰囲気は、私がデザインしてきたものよりももっと「ユニークさ」や「いい意味でのごちゃつき」といった言葉が当てはまるように思えたんです。

大:そこを擦り合わせるためにも、壁や床、とびらの取手なんかの材質も一般的に使われないような素材を探していただきましたね。

古谷野:床や階段の木材は「アピトン」といって、トラックの荷台や、線路の枕木、ドラムといった耐久性を求められるものに使われるような木材です。階段の手すりは橋梁(きょうりょう)に使われるフェロドールという塗料で塗装しています。

泰子:壁の突板も、工場まで一緒に見に行ってくれましたよね! 育った地域や環境、樹齢といった、その木が生きてきた背景まで教えてくれるすてきな工場だったなあ。

鉄パイプ製の照明と、工場で出会った突板でつくられた壁。

―設計する上で、苦労したポイントはありますか。

古谷野:実は、お二人と方向性をすり合わせていくなかで最初に提案したプランからは細かい部分をかなり変えました。たとえば照明のカバーは既製品ではなく、鉄パイプを自分たちで切ってつくってますし、ドアの取手も現場監督があえて塗装を剥がしてくれたり。今まで実践したことのないアイデアを求められていることもあって、いつもより僕と施主、現場の三者で一緒につくっている感覚がありました。

大:床材のアピトンも、最初「良い床材が見つかりました!」って言われてたんですけど、実際に届いたらすごいザラザラで(笑)。でも古谷野さんがいいと言うものならきっといいんだろうと。結局、何度も磨いたあと塗装までしてくれることになったのですが、完成形はすごくよいものになっていました。

階段を中心に見えてくる、
家族の繋がりと街の景色

住宅の中心にある印象的な階段

―おふたりが家を建てる際に条件としたものがあればお聞かせください。

泰子:1階には母が住んでいるのですが、仕事の関係上夜勤も多く、かなり生活リズムが違うんです。なので、ある程度お互いのプライベートを保てるようにしてほしいということは、前提条件としてお伝えしました。

大:でも難しいのは、それぞれのスペースは自立しつつも、お互いが生活する気配が感じられるようにもしたかったんです。

―古谷野さんはその条件に対してどのように解を導きましたか。

古谷野:なかなかバランスの難しいご要望でしたが、お母さまが暮らす1階とお二人が暮らしている2、3階が、独立しながらも同じ空気感で繋がるように、建物の中心にオープンな階段を設計しました。

泰子:実際住んでみると、階段によって1階との空間の繋がりを感じつつも、音漏れはほとんど気にならないです。それぞれのプライベートはしっかり守られていますね。

大:生活音がほどよく感じられて「あ、いま帰ってきたな」とか「お風呂入ったのかな」とかわかるくらい。もし階段に壁をつくってしまっていたら、お互いの生活の気配はほとんど消えてしまっていたと思うので、ちょうどいいバランスになったんじゃないかと思います。

街並みを一望できる窓

―そのほか、設計で大切にしたことはありますか。

古谷野:お話していく中で、お二人は外に開くだけではなくて、自分のスペースを大切にする方々だなと感じたんです。なので、家の中でも自分の居場所を守るための距離感と、鶴見という街との一体感を感じられるような抑揚を重視しました。たとえば、2Fのリビングの奥にあるスペースは3辺を窓のない壁で囲うことで、プライベートな空間に。つくるときに考えていたのは“井戸の底”のような、外界からは閉ざされているけど、静かで落ち着いた場所です。反対に3階には街を一望できる窓を置いて「この街にいることを感じられる空間」を意識しました。

泰子:この家は階段を登っていくと、「渦」のようにその2つの対照的な景色がぐるぐる回っていくんですよ。玄関から入って2階に上がると、家族がくつろぐリビングが見える。3階に上がると明るい光が差し込んで、自室からは街の景色がすごくきれいに見えるんです。

大:仕事しているときに、窓から見える景色が気に入っています。家は外からの目線が気にならないように設計されていてカーテンは一切つけていないのですが、夕焼けの時間帯には部屋の中がだんだんとオレンジに染まっていくんです。

古谷野裕一による建物の構成を表したスケッチ。フロアを縦断する階段を中心としたシンプルな計画を表している。

―「渦」という言葉が出ましたが、古谷野さんもその点は意識されていたのでしょうか。

古谷野:そもそもこの家、この階段を中心にした同心円上の「渦」がテーマだったりします。真ん中の階段を中心に生活があって、さらにその周りに庭がある。家族の暮らしに必要な距離感や、お隣さんとの距離感も心地よいものにできるように設計しました。

大:いいコンセプトですよね。……ただ最初ぜんぜんその説明をしてくれなかったんですよ! ずっと、となりの建物と妙に空間があいてるなあとか思ってたんですが、あとで聞いたら街との距離感まで考えてくれていた、と。「すごいけど最初に言って」って(笑)。結果として、家族同士の距離感はもちろん、自宅の庭を介してお隣さんにも気持ちの良い光や風が通るようになりました。

古谷野:(笑)。とくにお母さまはこの場所で何十年も暮らしてきたし、今まで大切にしてきた人間関係や土地との繋がりがあると思って。だからこの家があることによって、これまで以上にこの街とすてきな関係が続くような住宅にしたかったんです。

「良いもの」を志す
チームのような関係性

―出来上がったとき、そして実際に住んでみての感想を教えてください。

大:はじめて完成した家にきたときは本当に感動しました。でも1年間住んでみて、それがだんだんと自分たちにとって「普通」になってきているんです。この言い方だと、褒めてないように聞こえるかもしれませんが、僕はこれこそ古谷野さんの建築のすごいところだと思っていて。きっと建築的に格好いいものやおしゃれなものをとことん追及していくこともできるのに、そこは担保しつつも生活者にだんだんとなじむものを考えてくれるんです。

古谷野:ありがとうございます。僕は家をつくるとき、空間には余白を持たせるべきだと考えていて。ピッタリつくってしまうとそのスペースは想定された使い方しかできなくなりますが、余白があれば、生活者に合わせて変化してくれるんです。つくりこむべきところと、余白を持たせるところのメリハリはすごく意識しています。

―お気に入りの場所はありますか。

大:3階の吹き抜けにある廊下ですね。

古谷野:気に入っていただけてよかったです! 実はこれ、最初に図面をお見せしたときにはつくっていなかったんですよね。

大:そうそう。最初の図面も、先ほどの古谷野さん的な建築の回答が詰まっているなとは思ったんですが、もうちょっと遊びが欲しいと思って追加してもらったんです。プライベートな自分の部屋を通ることでリビングの上というパブリックなスペースに出るという構造もおもしろいですよね。

古谷野:その構造も実は先ほどの「距離感」と結びついているんです。私は、家の中でも物理的にプライベートな空間とパブリックな空間のメリハリをつくることで、家族の間にさらに居心地の良い心理的な距離感をつくれると思っています。物理的にも心理的にも、家の構造としてメリハリがあると、距離感を意識していない住宅に比べて「暮らす」という体験にも、ぐっと深みが生まれるんです。

3階の吹き抜けにある廊下はライブラリーとして活用されている。

―施工後のアフターフォローはいかがでしょうか。

泰子:この1年だけでも、2〜3回は足を運んでいただいています。空調の相談だったり、タープをつけてもらったり。

大:2年間一緒に家のことを考え続けてきたので、いわゆる建築家さんやハウスメーカーの担当者さんよりずっと気軽に相談できますね。何よりつくっていただいた当事者というのが大きいです。古谷野さんだけでなく監督や大工さんも気さくな方々だったので、お会いした際にはいろいろ相談にのってもらっています。でも、古谷野さんはちょっとした相談でもすごくちゃんと考えてくれるのがわかっているので、連絡する際はいつも事前に整理しとかなきゃ……とは思っています(笑)。

古谷野:横田さんは、普段からお仕事でかじ取りされている方だからというのもあると思いますが、確かにすごく整理してもらってます。でもその分僕もがんばらなくてはと背筋を正されるような気分になるんです。互いに「この人のために」という気持ちがあったからこそ、ここまでチームのように意見をすり合わせて、一緒に良い家をつくれたんじゃないかなと思います。

文:須藤翔(Camp Inc.) 編集:平藤篤(MULTiPLE Inc.) 写真:ヤストミタツ(MULTiPLE Inc.)

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